レグルス王国の物語

選ばれなかったシンデレラの物語 ― 舞台の上で、過去の情念を呼び起こす幻想譚

紅の舞―舞台の上で、過去の情念を呼び起こす幻想譚


🎧 Tukasa — 天界より来たりし者


天界より舞い降りし天使がいた。
その者の名を、つかさという。


地上に降り立った瞬間、空気がわずかに遅れた。
音が一拍遅れ、風が行き場を失い、
人々の視線だけが先に集まる。


つかさには、人ならざる気配があった。
それは威圧ではなく、隔たりだった。
近づこうとすればするほど、
こちらが試されているような距離。


長く赤い髪が、背中に流れ落ちる。
それは布ではなく、
かつて羽衣と呼ばれていた何かの名残のように見えた。
光を反射するのではなく、
光そのものを含んでいる色だった。


しばらく、彼女は立っていた。
立ち方を思い出そうとしているようでもあり、
人間の重力を確かめているようでもあった。


「……なんじゃ」


声が、少し遅れて落ちてくる。


「お前さま……あ、いや……」


言葉が途中でほどける。
次の言葉を探す仕草が、
どこか幼く、どこか必死だった。


「おは……おはよう」


挨拶は、完成しなかった。
けれど、その不完全さが、
彼女が“ここに来た理由”を何より雄弁に語っていた。


つかさは、荘厳に振る舞おうとした。
背筋を伸ばし、
腕を広げ、
舞うように一歩を踏み出す。


その所作は、かつて天で教えられた型に近かった。
だが地上では、
その型は少し重く、少し遅れ、
ときどき足を取られる。


舞は、たどたどしかった。


完璧からほど遠く、
それでも途中でやめることもできず、
失敗を含んだまま、最後まで続けられた。


それは、
人になりたいと願う者の舞だった。


やがて、つかさは息を整えた。
深く息を吸い、
ゆっくりと吐く。


その瞬間、
彼女の中で何かが切り替わるのが分かった。


「えっとね」


声の調子が変わる。
少し高く、少し軽くなる。


「こっちの世界、さっきからすごいよ。
空を走る乗り物とか、
みんな当たり前みたいな顔してて」


言葉が、転がり始める。
表情がほどけ、
身振りが増え、
話題が次々と移り変わる。


そこにいるのは、
さきほどまでの天女ではなかった。


だが同時に、
完全な人間でもなかった。


荘厳さは消えず、
ただ、少し奥へ退いただけだ。
いつでも戻れる場所に、
静かに腰を下ろしている。


見る者は戸惑う。
近づいていいのか、
距離を保つべきなのか、
判断がつかない。


ただ一つ、確かなことがある。


――これは、
誰かに選ばれて終わる物語ではない。


選ばなくても、
見失わなければ、
人生のどこかで何度も思い出してしまう存在。


荘厳すぎて、手を伸ばせない。
だが、
一度目にしたら、
追いかけずにはいられない。


つかさは、
そういう形で、
地上に現れた。


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