レグルス王国の物語

王国に灯る、最初の光──まだ物語にならない場所で、世界を温め続ける寓話

MV レグルス「灯をくれた君へ」Official Music Video


🎧 Akari — The First Light
(王国に灯る、最初の光)


「燃えるしか、生き方を知らない。」


衝動と痛みを抱えながら、
ただ1人、灯火をくれた少女のために剣を抜く。


「この命、燃やし尽くしてもいい。
あの光だけは、絶対に消さない。」


レグルス王国の英雄譚

― 王国が“守るべき存在”を知るきっかけとなる物語 ―


王国がまだ若かったころ、空はよく晴れていた。
晴れた空ほど、影は濃く落ちる。誰にも見えない場所まで、正確に。


王子レグルスは、その影の仕組みを早くから知っていた。
自分が誰かを選ぶ。すると、選ばれなかった誰かの胸に小さな穴があく。穴は声にならない。だからこそ、そこに溜まる。溜まったものはいつか、形を持つ。


彼は最初、選ばないことを選んだ。
誰にも手を伸ばさない。名を呼ばない。視線を留めない。
誰も傷つけないために。


だが、選ばないという行為は、やがて彼自身を削った。
人は誰でも、何者かとして生きる。ところがレグルスは、何者にもならないことで王子であり続けようとした。王子の仮面はよく似合ったが、仮面の裏の顔は日に日に薄くなった。


夜、鏡の前に立つと、そこにいるのが自分なのか分からなくなる。
声は穏やかで、言葉は正しく、姿勢は美しい。
それなのに、胸の奥で何かがきしむ。
「壊れてしまう」
その予感だけが、確かな手触りを持っていた。


だからある日、彼は決めた。
影を生まないための人生ではなく、影とともに生きるための人生を選ぶのだ、と。


レグルスがひとりの女性を選んだとき、王国は祝福した。
表向きには。
祝福は花で、笑顔で、言葉で作られる。だが花の奥には棘がある。


人々は思った。
――選ばれたのは、今日だけだ。
――明日になれば、また違う。
――もっと見せれば、もっと近づけば、きっと。


視線は増え、距離は縮まり、行動は熱を帯びた。
それは恋と呼ばれたが、恋である必要はなかった。
“選ばれたい”という願いは、愛よりも強いことがある。


そして、選ばれないことが確かになる夜が来る。
その夜、誰も泣けなかった。泣けばみっともないからではない。泣く相手がいないからだ。
怒りを向けることもできない。恨むにはレグルスがあまりに静かだった。
正しい王子は、誰の悪役にもなってくれない。


行き場を失った感情は、胸の内側に沈み、沈み、底で別の色に変わる。
悲しみと嫉妬は似ている。
どちらも「手に入らない」という一点から始まる。


それはやがて、人の中で“もう一人”になる。
影化。
そう呼ばれる現象が、静かに広がり始めた。


影化した者は、表面上は元の自分に戻れる。
朝になれば化粧もするし、笑いもする。
だが影は、戻らない。
影は外に出たがる。
外に出た影が実体を持つと、人を支配する。
負の感情を餌にして、負の感情を増やす。
世界は、少しずつ暗くなる。


そしてそれは、レグルスだけの罪ではなかった。
王国の外にも、選ばれない者は溢れていた。
選ばれない男たち。選ばれない女たち。
家庭、職場、街角、画面の向こう。
誰かの人生の端で、誰かが黙って折れている。
折れた音は小さすぎて、世界は気づかない。


気づかないまま、暗くなる。


その暗闇に、最初に火を持ち込んだのが、あかりだった。


彼女は「火の守護者」と呼ばれた。
守護神という呼び名は人々が勝手に付けた。本人はただ、灯しているだけだった。
消えそうな場所に火を運び、冷えた胸に温度を戻し、影化しかけた心を照らす。


火をともされた者は、穏やかになる。
「大丈夫」
その言葉が自分の内側から聞こえるようになる。
だから皆、あかりを信頼した。
信頼とは便利な言葉だ。信頼される者は、清らかであるべきだと、誰もが思い込める。


だが、火は聖者ではない。
火は燃える。
火はあたたかいと同時に、痛い。


あかりもまた人間だった。
嫌な気持ちになる。むかつく。傷つく。
取り繕うことに疲れる。
そして、その疲れは時に、嫉妬という形で表に出る。


彼女の嫉妬は醜くなかった。
ただ、正直すぎた。
正直すぎる火は、見つめる者に鏡を渡してしまう。
自分の中の暗さを見せられるのが怖くて、人は目を逸らす。


だから、あかりを本当に理解する者は少なかった。


レグルスは、その少ない側にいた。


彼は知っていた。
選ばれない者の痛みを。
選ばないことで壊れそうになった自分を。
そして、光の役割を押し付けられる者の孤独を。


あかりが笑うと、王国は明るくなる。
だがその明るさの裏で、彼女がどれほど歯を食いしばっているか。
レグルスには分かった。
分かってしまうことが、二人を近づける。


その気配に最初に気づいたのは、イグニスだった。


イグニスは一度、影化した。
自分の弱さを恥じ、怒りを正しさに塗り替えようとし、誰かを守るふりをして自分を守っていた。
あかりの火が、その彼を救った。


救われた者は、誓う。
自分を救った火を守りたい、と。


その誓いは一途だった。
一途すぎる誓いは、ときどき人を乱暴にする。
守りたいがゆえに、守られる側を“守られる者”に固定してしまう。
あかりは嬉しかった。
けれど、嬉しいと言うほど、彼女は自由ではなかった。


本当の自分をさらけ出せない。
さらけ出した瞬間、誰かの期待を裏切ってしまう気がした。
火の守護者は、火の守護者であり続けなければならない。
イグニスの純粋さは、あかりを縛る鎖にもなった。


そしてイグニスは、気づいてしまう。
あかりの視線が、レグルスに向かってしまう瞬間に。


嫉妬ではない。
責めでもない。
それはただの確信だった。
このままでは、火が凍る。
火は凍ると、音もなく死ぬ。


イグニスはレグルスのもとへ行き、真っ直ぐに言った。
「放っておいていいのか」


レグルスは答えた。
「守らなければならない人がいる」
すでに選んだ者がいる。
その選択は、王子の誓いだった。
誓いは選び直せない。選び直すたびに影が増えるからだ。


「だから、あかりの恋人にはなれない」


それは正しい。
正しい言葉だった。
正しさは王国の骨格だ。
だが骨格だけでは、人は生きられない。


イグニスは食い下がった。
「悲しんでいるなら守れ」
「火が消えるぞ」
「お前の正しさは、火を冷やす」


レグルスは黙った。
黙るしかなかった。
言葉を返した瞬間、自分の中の影が動くのを知っていた。


正しさのために、誰かを見捨てているのではないか。
誓いのために、守るべき火を遠ざけているのではないか。


その迷いが、王子の胸に影を落とす。


イグニスは剣を抜かなかった。
彼は、言葉で戦いを挑んだ。
「お前が守らないなら、俺が守る」
「そのために、お前と戦う」


王国の歴史に、奇妙な決闘が刻まれた。
女のための戦いではない。
正しさのための戦いでもない。


“守るべき存在”を、王国がまだ知らなかったために起きた戦いだ。


その夜、あかりは遠くで火を灯していた。
誰も見ていない場所で。
誰にも褒められない場所で。


火は、誰かのために燃える。
だが火は、燃えることで自分自身を減らしていく。


もし誰も、火を守らないなら。
もし誰も、火の孤独を理解しないなら。


王国は、また暗くなる。


――レグルス王国が「守る」とは何かを学ぶのは、これからだ。
だが、学ぶきっかけはいつも、痛みから始まる。
静かに、確実に。


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